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雑誌「カーマガジン」がまだ「スクランブルカーマガジン」だった頃、
ちょっと古いけどイカシた外車を紹介してくれた特集が
”The Car Which We Loved”でした。
憧れて、どうしようもなく好きで、手元に来たクルマはE-TYPEで3台目です。
出来れば手離したくなかった2台を
僕の”The Car Which I Loved”として紹介します。

僕は中学から高校までサッカーにしか興味がなかったのですが、
ある朝,通学で乗る電車の線路に平行する道を走る、白いセリカLBの斜めうしろ姿を見たときから、
いつかはこのクルマに乗りたいと思うようになりました。
映画「アメリカングラフィティ」のラストで、R.ドレイファスが大学へ向かう飛行機から
恐らく金髪の美女がドライブするであろう白いサンダーバードを感慨深げに眺めるシーンに
オーバーラップしてしまいます。(チョッと違うか・・・・)

セリカが僕のところに来たのはそれから4年ほどたった大学3年の1979年。
白い1975年式のセリカLB(リフトバック)2000STでした。
GTが欲しかったのですが、少し手が届きませんでした。

バイト代でドアミラーに直し、アルミホイールを履かせ、ウッドステアリングにし、コンポを積み、
AORやディスコミュージックを響かせながら、
セリカLBは横浜、湘南、自由が丘、渋谷、六本木、伊豆、山中湖、丹沢、軽井沢、糸魚川・・・・
いろんな所へ、夜遊びのクルマとして、そして”デートカー”として活躍してくれました。
特に斜めうしろ姿が好きで、自然と写真もそのアングルが多くなっていきました。

しかし社会人になったころ、ある本と運命的(そんな大袈裟でもないんですが)な出会いをします。
企画室ネコ『British Lightweight sports 1978』。
その後ヒストリックカー趣味へのめり込んでいったキッカケは全てこれが始まりでした。
この本に掲載されているMGA、TR-3&4シリーズ、GTー6などの英国車を知ってしまった僕の心には、
武骨ながらも気品ある美しいスタイル、クロームパーツやワイアホイールなど英国車的なものが
徐々に大きなスペースを占めるようになって行ってしまったのです。

その後はセリカのフロントグリルをGTV用の金属製パーツをメッキしたものに換装し、
アメ車用でオーバーサイズのクレーガー製ワイアホイールを扁平率60%の
ピレリP6を履かせることで無理やり装着したりしていました。
非力なセリカLB2000STには合わないドレスアップ(orダウン?)ですが、
なんとかトライアンフGT-6やジャガーE-TYPEに近づけようとしていたのかも知れません。

そして自然と、セリカをドライブしている最中も、中古外車販売店に並ぶ英国車を
目で追うようになっていきました。

結局セリカは会社の同僚に格安で貰われていきました。
今は恐らく廃車になっているでしょう・・・

しかしどんなに時がたっても、
かつて自分が憧れ、二十歳過ぎの最も楽しい時間を共有した大切なクルマ、
それは、この1975年式セリカLB2000STであったことに間違いはありません。