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きょうは夕方から出かけて、神宮外苑の国立競技場へ・・・・
FIFA U-20女子ワールドカップ 日本ースイス戦、ヤングなでしこ の応援に行ってきました。
久々の国立・・・・
地下鉄銀座線外苑前から競技場までの道があまりに空いていたので、
ホントに試合があるんだろうか・・・・?
と、ちょっと不安になるほどでしたが、けっこう大勢のお客さんで国立は埋まっていました。

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試合前に、日本のサポーターが「日本を応援するのはもちろんですが、スイスチームはグループリーグ敗退が決まっていて明日の早朝に帰ってしまいます。スイスチームにも温かい応援をお願いします!」と叫びながら観客席を周っていました・・・・・・
ナイスプレー!ホスト国はこうでなくっちゃネ!!

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さァ、いよいよU-20日本女子チームのグループリーグ最終戦が始まります・・・・

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ほぼ日本がゲームを支配する中で、直接FKでまずは1-0(↑)、
そして後半すぐに再びFKで2-0(↓)、
どちらも9番の田中、それも左右の足で!!ワールドクラスのゴールです。

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試合終盤のPK(↑)で4-0!
全く危なげない内容でスイスを破った日本は、準々決勝で韓国と対戦です。
またもや・・・・盛り上がりそうですねェ~

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ところで・・・
僕が大学3年生の1979年、
日本で初めてFIFA主催のワールドユース選手権(今風に云うと、U-20男子W杯)が開催されました。
当時日本のサッカーはどん底の時代・・・・開催国枠で出た日本、もちろんトーナメント進出は叶いませんでした。

尾崎、水沼、風間らをもってしても、グループリーグ3試合でひとつのゴールを獲るのが精いっぱい・・・・
ユース日本代表とは比べ物にならないスキルを誇った欧州や南米、特に優勝したアルゼンチンの中心だったディエゴ・マラドーナやラモン・ディアスの華麗なプレーがなんと眩しかったことか・・・・

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しかしその後は中田英寿や中村俊輔が台頭して日本はワールドユースでベスト8に安定して駒を進めることが出来るようになり、小野や本山のゴールデンエイジの時代には遂にファイナリストまで上り詰めました。

あの1979年・・・・グループリーグ最終試合の日本ーメキシコ戦を観終わった後にはとてもそんな事は想像できなかったし、まさか女子サッカーの世界大会が日本で開かれて、日本代表がヨーロッパのチームを圧倒的なテクニックで葬り去るなんて・・・・・とても想像できなかった・・・

33年の月日は、
不可能を可能にしたんだなァ・・・・

きょうの試合のチケットを家に帰って眺めながら、
しみじみとそんな事を思ってしまったのでした。。。。