さて、先週の上海出張の記事も今日が最後です。
今回も上海随一の巨大な近代建築が立ちならぶ外灘を訪れる機会に恵まれました。
地下鉄2号線を南京東路駅で降りて、庶民的な街並みをぶらぶら歩きながら黃浦江方面を目指します・・・
しかし例え長屋でも、上海のそれは西洋建築の意匠が散見されていてどこか魅力的ですよねェ~
そして程なく外灘へ。
このブログでも何度か登場しているアールデコ様式の高層ホテル、和平飯店(フェアモント ピースホテル)にも立ち寄りたかったのですが、残念ながら全面閉鎖・・・!
恐らくはこの期間に上海で行われる国家的行事のためと思われます。
ホテル内外、付近には公安・警官がいっぱい!!
ちょっと緊張。
なるべく目を合わさぬように・・・そっちはあんまり見ちゃイケません。
まあココに誰が来るのかは、おおよそ察しはつくんですけどネ・・・
そんな様子の和平飯店の角を左に曲がり、目的の遠くに見える褐色の建物の方向へ・・・
外灘のはずれには建国七十年を記念したデコレーション。その背後にあるのは外白渡橋です。
この外白渡橋は、黃浦江に注ぐ呉淞江に架かる1907年竣工のトラス橋。
元々はイギリス租界とアメリカ租界を結ぶために建設されました。
何度か架け直されて今の鉄橋になったわけですが、それでも110年以上の歴史を持っているのか!
上海の重要地点を結ぶ役割を持つため、戦争中は日本軍によって厳しく管理されたそうです。
そんな、激動の歴史のひとつひとつが、この無数に打たれたリベットには染み込んでいるんでしょうねェ・・・
そしてその渡った先には2つのクラシックホテルの姿!
正確に言うと、ひとつには『元』がついてしまうんですが・・・
近づいて行くほどに、景色はまるで戦前の日本軍靴響く世界へ・・・?
橋を渡りきった先、右側にあるこの建物は、浦江飯店。またの名をアスターハウスホテルと言いました。過去形なのは、残念ながら2017年末に閉鎖されてしまい現在営業はしていないからなのです。
1858年創業・・・ネオルネッサンス様式を持つ上海有数のホテルとして一時代栄華を誇りましたが、戦時中は日本軍が接収。
戦後中華人民共和国成立後の1959年に再びホテルとしての営業を再開します。
少しでも中を覗いてみようとさっそくエントランスへ・・・
すると、内部にヒソかにヒトが立ってて思わずギョッと!?
やはりこの辺りも公安らしきヒトが多い・・・
木製の回転扉は、かつて東洋一と称され、アインシュタインやチャップリンも投宿した在りし日のアスターホテルを充分に偲ばせてくれました。

今は証券博物館となっているようですが、
信号待ちで立ち止まり、通り過ぎるクルマが途絶えた一瞬・・・
上海の激動の歴史の目撃者だったこの建物の華やかなりし頃にワープ!?
猛スピードで走り去る2階建てバスが、そんな真昼の幻想をすぐにかき消してしまいましたが・・・
ところで道を挟んで反対側にある目印にして歩いてきた褐色の建物は、まだ現役のホテルでした。
その威容は真正面からでは写真におさまらないくらい!
19階建てのアールデコ様式を持つこの建物は1935年竣工。かつてはブロードウェイマンションと呼ばれ、現在は上海大厦というホテルとして営業しています。
少しロビーあたりをウロついてみたのですが、あまりクラシックな薫りはせず・・・
壁には出来た当時の周囲を圧する様子を伝えるパネルが展示してありましたョ!
アメリカン・アールデコのこの摩天楼もご多分に漏れず戦時中は日本軍のものに・・・
軍の重要な会議も度々行われたようです。
さてと・・・
そろそろ仕事に向かわねばならぬ時間となりました。
外白渡橋を再び外灘方面に戻ります。
途中、遠くには現在の上海の摩天楼・・・
この橋は、上海の街と街をつなぐと同時に、
日本人である僕の意識のなかでは、2019年の今と戦前の時代をもつなぐ橋なのかもしれないナ・・・
帰国後の僕の旧いリモワのスーツケースには、印象に残った上海のクラシックホテルのステッカーが増えていましたョ。。。。



























租界時代の欧米様式ホテル・・『東洋のパリ』と言われる所以がわかりますね。
クラシックホテルのステッカーも素敵な旅の記憶ですね。
上海を歩くと、至る処にこのような日本統治時代の残り香に巡り合う機会があります。建物を楽しむと同時に、歴史・・・特に現代史に思いを馳せることも大事かなァ~って思いましたョ。。。
味自慢なのでしょうか?
過去と現代を繋ぐ橋。
橋は機能美ありますね。
ステッカーは旅の達人の証でしょうか。
ofc 様
そうなんです、中国では飯店がホテルを意味するという…
リベットだらけの旧いトラス橋はもうそれだけでコーフンしてしまいます。ましてや両側に歴史的建築物が並ぶなんて日本じゃあまり見れない光景なんですよね〜〜