



宮城県白石市と山形県上山市を結ぶこの街道は、
当時『日本列島改造論』が声高に叫ばれる中にあって、
まだ日本の古くからの”宿場町”を残す道として静かに存在していた。
東北本線の夜行に乗り、
藤田駅(白石市)からアブに追いかけられながら小坂峠を越え、歩くこと6.5キロ・・・・
規模の大きい最初の集落が上戸沢宿である。
上戸沢ー下戸沢ー関ー滑津ー渡瀬・・・・
茅葺屋根の大きな家や店などが点在する宿場を
歩いたり地元の農家の軽トラに乗せてもらったりして見て回った。
旅の目的が民家のスケッチだったため、
スケッチブックと格闘していると、
農家のオバサンが、桃やトウモロコシを差し入れてくれたのが
学生の貧乏旅行の身には涙が出るほど有り難かったのを今でも思い出す。
その後、七ヶ宿ダムの完成により、
これらの大半は水の底に沈んだ・・・・
今、八ツ場ダムを建設するか中止するかが注目の的になっている。
いずれにせよ、元の、人々が平和に暮らした光景は戻らない。
偶然にも十代半ばの頃から、
寝袋を持って夜行列車に飛び乗り、
古い集落や街並みを探し、写真に収め、鉛筆デッサンに遺す旅を続けて来た・・・
こんな時代だからこそ、昭和の、もう取り戻せない光景を振り返ってみようと思う。
失われた日本の風景 ΑΑΑ今から34年前の七ヶ宿街道、夏の光景・・・・
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