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さて、今回の上海出張で昼間に自由に動けたのは、日曜日午後の数時間でした。
なので仕事場をあとにして地下鉄2号線に乗り、南京東路駅へ。

ここは、僕が上海でどうしても行きたかった場所でもある外灘地区への最寄り駅なのです。

しかし時間までに戻らねばならないので残された時間は僅か60分!

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地上に出ると、初夏のような暑さ・・・
近代建築がそのまま残るエリアを自分の直感のままにウロウロしながら外灘を目指します。

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そして黃浦江に面した、巨大な近代建築が建ち並ぶ外灘に到着!

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外灘(ワイタン)もしくは The Bund と呼ばれるこの場所は、19世紀から20世紀初頭にかけてはアヘン戦争で破れた中国の主権が及ばない外国人居留区、上海租界であり、その時代に支配していた列強国の行政・経済の中心であったことから壮麗な近代高層建築が1キロ以上に渡って続き、『東洋のウォールストリート』とも呼ばれていました。

※戦前の上海租界
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ちなみに Bund とは埠頭を意味するので、かつて横浜にあった「バンドホテル」のそれと同じ意味なんですねェ~

一つ一つの建物は日本の近代建築とは比べ物にならないほどの大きさなので、そのスケール感には半端ない凄みすら感じてしまい・・・
思わず英国・フランス・アメリカ等当時上海租界を中心的に牛耳っていた欧米列強の財力に恐れ入ってしまいます。

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1時間という制限された中では、1/3ほどしか周れなかった外灘・・・もちろん有名観光地ではあるのですが、世界史の教科書にも出てくるこの場所で、その歴史の生き証人でもある多くの建物が未だに銀行やホテル、レストランとして使われていたり、少し裏に入るとそこで暮らす人々の生活感溢れる姿を目の当たりにしたり・・・

街として”活きている”。
それも二十世紀初頭のままの姿で!

だからこその魅力なんですねェ~
まァ夜になると裏通りなんかは、現代の ” 魔都上海 ” に変貌しちゃいそうなちょっとアブない雰囲気でしたけどネ。。。